江戸城の構築は1604年に開始されました。基本計画は当時の城構築の大家であった藤堂高虎の手によって行われました。石垣工事は、外様大名が担当し採石は主に伊豆で行われ諸大名が準備した3000艘の船で江戸に運ばれました。
石垣の基礎は地盤の悪さから筏の形の基礎を松杭で支える構造を採用しました。本丸は家光の時代に始まり1640年に完成しました。建築は奈良法隆寺の大工出身の中井正清の協力を得て行いました。本丸は20 m、天守台までさらに20 m、そして五層の天守閣が44 mの高さは他に類を見ない高層建築となりました。地上からは84 mの大天守が江戸の街にそびえたったわけですから当時の世界一のまちづくりにふさわしいものになりました。1620年には小石川から両国に至る現在の神田川に当たる堀割りの整備が行われ、これにより度々洪水で悩まされた江戸の町人は安心して発展の基礎を築くのです。 |
江戸城〔出典:「江戸の町(上)-巨大都市の誕生-」内藤昌 著/穂積和夫 画 草思社〕 |
江戸の第三次建設 1632年(寛永9年)ごろ 『武州豊嶋郡江戸庄図』による〔出典:「江戸の町(上)-巨大都市の誕生-」内藤昌 著/穂積和夫 画 草思社〕 |
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