小学生の頃から春休みや夏休みになれば店の手伝いをしていましたので、いつも店で過ごしていたような印象が残っています。ですから、自分としてはなるべくしてうなぎ屋になったという気持ちです。料理のことは修業に出た「わかな」はもちろんのこと、2代目・父や店の職人に多くのことを教わりましたが、それ以上に女将であった祖母の影響は、とても大きかったと思います。
窮地に立たされても気丈に店を守る祖母から人生についての様々な話を、物心ついた頃から聞きながら育ちました。小学校低学年から店を手伝い始め、中学に入る頃には出前もし、いつとはなく自然に店を継ごうと思うようになりました。ですから、大学は夜学を選び、朝は築地に買出しにでかけ、昼間は店を手伝うという生活を送っていました。大学の法学部・政治経済学科で学んだ法律・政治・経済の講義は、実業の中にある現在、とても役に立っています。
大学卒業後、横浜にある老舗うなぎ屋「わかな」にて修業をさせて頂きました。多い時は1日2000人ものお客様がいらっしゃるお店で、その忙しさは言葉にできない程でした。この時期にはうなぎのさばき方だけでなく、出前やホールも担当させていただき、とても厳しく修業させていただきました。修業を始めて2年ほどで祖母が他界し、父だけでは切り盛りがむずかしいということで「いづもや」に戻りました。
戻ってまもなく日本橋三越本店から出店依頼をいただき、打ち合わせなどを含め私が中心になって行ないました。デパート出店にあたり、こだわった点は、本店と同じ手法で調理したうなぎをお出ししたいということでした。この趣旨をご理解いただき、本店同様に、デパート地下イートインコーナーの厨房内で活鰻を割き、そして備長炭で焼きあげたものをお出ししています。これからもうなぎの質には徹底的にこだわりつつ「いづもや」の名前に恥じないうなぎを、皆様に食べていただけたらと思っております。
うなぎの質には徹底してこだわっています。天然のうなぎを使えるのが一番なのですが、現在ではめったに手に入りませんので、限定品としてお出ししています。その他は養殖うなぎになりますが、配合飼料ではなく、生き餌で丹精込めて育てられたものを使っております。また、調理の際には、脂の乗り具合など1匹1匹の性質の違いを見極め、最適な方法で調理しています。この見極めには、長年の勘がモノをいいます。タレをつけながら炭火で丁寧に焼き上げ、最高の状態でお出しするよう心がけています。