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伝統的食文化の行方を、築地魚河岸の現場からお伝えします 魚河岸発!
秋になったら魚をガツガツ食おう!

 自分事で恐縮なんだけど、いつだか熱海へでかけた帰りに車がエンコッちゃって小田原で足止めをくったんだ。仕事中だったけど急いでもどうにもならないんでね、ゆくりなくも初秋の一日を小田原に遊んだワケ。ざっと市内を見物したあと海辺に出たらさ、浜辺に干物がずらっと並んでる。こいつはカマスだ。海水浴客の消えた浜辺を占拠するのは、秋の訪れを告げる魚だった。旬の魚に季節のうつろいを感じるなんて実に日本人だな、と軽く感動を覚えたよ。
 9月のカマスはさっとひと塩したやつを身の方から焼いて食べる。身体のすみずみまで秋が浸透してくるね。それに栄養価も高い。カルシウムは焼き魚のなかでもナンバー1でサンマの倍以上だっていうからあなどれないよ。
 さて、夏のバカンスに海に山に出かけて、ちょっとばかり身体もへたっちゃった人は、これから滋養たっぷりの秋の魚たちをガツガツ食って元気をとり戻そう!


メイタガレイを素揚げで

 カレイというのはいっぱい種類があって、なかなかわかりにくいものです。アタクシも河岸に25年いますが、とてもじゃないけど全部は覚えきれません。築地に入荷しない地のものまで含めたらその種類は……えーと、学術的なことは分かりませんが、とんでもない数にのぼるはずです。
 でも、いろんなカレイがいるおかげで、種類ごとにうまい食べ方というのがあって、それぞれに楽しめるからとても幸せ。代表的なものをみてみると、たとえばマコガレイ。大分じゃあシロシタガレイと呼んでブランド魚になってますけど、こいつは刺身がいちばん。一方、ナメタガレイなら煮物にしたいし、焼き魚にするなら半生に干したムシガレイ。淡白な身とパリパリの薄皮の香ばしさがたまらないです。
 なかでも大好きなのがメイタガレイ。これ、刺身でもうまいんですけど、素揚げにするとまた格別なんですね。油と熱が頭や骨までしっかり通るように包丁を入れる。すると揚がったときに頭から骨までバリバリと食えちゃいます。もっともこれが素人にはむずかしいプロの仕事で、残念だけど自分じゃ出来ないんで、板前の友だちに頼んでやってもらってるんですけどね。
 どうしても自分で揚げようというなら、素揚げにしたものに、出汁、しょう油、みりんでかけ汁をつくって大根おろしを添えた「揚げだしカレイ」がおすすめ。ちょっとくらいヘタに揚がっても、かけ汁と大根のコラボでなかなかおいしく食べられます。こいつはおすすめですね。

なんとも上品なミルクイ

 ミル貝といったら、白くて長い水管がベロ〜っとのびてるシロミルのことだと思って食べてる人も多いですけど、実はあれはナミガイといってミル貝とは別の種類、いわば代用食材なんです。味も本物のミル貝(ホンミル)に比べるとちょっと生臭い感じがします。
 ホンミルは通り名で、本当はミルクイといいます。漢字で書くと「海松喰」。海草の「海松(みる)」が群生しているところにいて、大きな水管が「海松」を喰っているようだということから名前がついたそうです。
 ミルクイは大きいのに食べるところが少ないし、値段もそれなりに張るんですけど、食べてごらんなさい。きっと満足するはずです。貝のなかで最も上品な味わいに出会えます。歯ごたえがあって、噛むほどに甘味が出てくる。でもそれがいつまでも残るのではなくて、自然にスーッと消えて行く。その風情もイイ。これを食べると他の貝類はちょっとしつこいな、下品かな、なんて感じられるほどミルクイは品の良さが身上なんですね。
 高いからスーパーには置かれないですけど、寿司屋で「ホンミルあるよ」って言われたら、勇気を出して食べちゃいましょう。もちろん財布の中身と相談ですけどね。

えらいぞ! カタクチイワシ

……月夜の晩だから一杯飲ろう。肴は断然タタミイワシね。パリパリ感がたまらない。 ……秋が深まったので一杯飲ろう。肴はシラス干。大根おろしにのせれば胃にも良いし。 ……気分転換に一杯飲ろう。肴はアミジャコだ。この塩辛さが酒を旨くするぞ。 ……理由もないけど一杯飲ろう。肴はチリメンジャコでいいや。 チープだけど酒に合うしな。
 という具合に、酒飲みにとってカタクチイワシというは実にありがたい存在でございます。えっ? どうしてかって。そうか、そういえばあまり知られていませんからね。実はタタミイワシもシラス干しもアミジャコもチリメンジャコも、もとを正せばすべてカタクチイワシなんですね。
 イワシはおおまかに分類するとマイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシの3種類になります。イワシなんてどれも同じようなものだと思いがちですけど、これらはそれぞれ似ても似つかない形をしてますよ。とくにカタクチイワシは下アゴが上アゴより短いのが特徴の、とても変な顔の魚。この顔から「片口」の名がついたわけですけど、何しろこいつはさまざまな食べ方を提供してくれますし、その廉価さからも実にえらい魚です。

えらいぞ! カタクチイワシ!!

 というわけで加工品じゃない丸のカタクチイワシを買ってきた場合は、自分でアミジャコを作ってみましょう。これはさっとすり身にして団子にし、煮立っただし汁に味噌を加え、そこに放り込む。まあそれだけです。ネギなどを加えると臭味がイヤという人でもいけますよ。
 いやしい魚だからイワシと呼ばれたといいますけど、どうして多彩な味の魚だったりします。

10月1日では遅すぎる!

 10月1日はカキの解禁日。毎年河岸が活気づきますね。英語の綴りで「R」のない月にはカキを食べるな、というのは西洋のことわざ。日本では「花見過ぎたらカキ食うな」というわけで、春から夏にかけて食べられなかったカキが、この日からいよいよ出回ってまいります。
 殻つきカキは通称「セル」って呼ばれてます。英語の「シェル」がなまったものでしょうか。「セル石油」……別に意味ないですけど。まあ、このセル、アタクシはぜひ生で食べたい。生ガキ最高です。でも最近のヤツはあんまり風味がないように感じられますね。食中毒を恐れるあまり洗浄しすぎじゃないでしょうか。アタクシなんぞは何度も生カキにあたったりしてますが、懲りずに毎年食べちゃいます。余計なものはいりません。柑橘類でもあったらさっとしぼって「ズルッ!」カキの味わいというよりも、「ズルッ!」、カキッ臭さそのものがたまりません。「ズルッ!」、「ズルッ!」と次々にいきます。これはもはや別の意味でカキ中毒ですね。3日とあけずにカキを食べてしまうアタクシにとって、10月1日は何ヶ月も前から指折り数えて待つ特別の日なんです。
 もっとも最近はそれでは遅い! という人のためにイワガキというやつがたくさん出回ってます。こいつは夏場だけ獲れて旬を迎えるカキで、だから暑い盛りにも安心して食べられます。ちょっと大味だよなんていわれますけど、味わいはまごうことなきカキ。魚津で食べたやつなんてすごかったですよ。アタクシのビッグマウスにも入りきらないくらいブクブクに太っていて、しかたないから切って食べました。いや、ウマイ。とりあえず夏でもカキが食べられて幸せです。で、その幸福感に浸りながら、頭のなかを去来する思いはただひとつなんですね。
 10月1日はまだか!!

 

生田與克―いくたよしかつ
1962年東京月島に生れる。
築地マグロ仲卸「鈴与」の三代目として築地市場で水産物を扱うなかで自然の恵みの尊さ、日本特有の魚食文化の奥深さを学ぶ。
現在、講演会などを通じて魚食の普及に努めるほか、ホームページ「魚河岸野郎」を開設。魚河岸の歴史と食文化を伝える“語り部”として精力的に活動している。

「築地の魚河岸野郎」
http://www.uogashiyarou.co.jp/


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2006年8月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  

 

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