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伝統的食文化の行方を、築地魚河岸の現場からお伝えします 魚河岸発!
秋になったら魚をガツガツ食おう!

 秋とか言ってるけど、まだ夏だよ。ていうかこれ書いてる今はまだ東京地方は梅雨明けもしてない。ちょっと気が早えかな。でもこういうことは大体が季節前倒しだからね。
ファッションショーでもそうじゃない。秋冬物を夏にやったりしてるしさ。
そういうわけで、築地魚河岸秋物コレクション! 行ってみますか……


“私がサバについて知っているニ、三の事柄”

 めっきりと秋めいてまいりますと、そろそろサバが威風堂々と登場してまいります。
 「サバを読む」「秋サバは嫁に食わすな」「サバの生き腐れ」。この三つのことわざを知っていれば、サバのすべてを理解したようなものでしょう。たぶん。なぜならサバの持ち味をすべて言いつくしているからです。
 「サバを読む」とは、魚屋がサバの数をごまかすことです。サバはアジやサンマと並んですごい漁獲高になります。秋になると、まるまるとふとったサバが入荷し、それを魚屋が豪快に数えるのですが、あんまり多いからつい間違えてしまう。でも忙しくて数え直すヒマなんてない。めんどくせえ! と数をはしょる。ごまかす。これが「サバを読む」ということ。
 サバは春から夏にかけてはやせて美味くないばかりか、体内に毒を持っています。それはこの頃がかれらの産卵期にあたる大事な時期なので、大魚に食べられないように一時的に自分で毒を出すんです。よくサバを食べてジンマシンが出る原因となるのがこれですね。だから夏場はサバは見向きもされません。ところが秋になると猛烈にエサを食べて脂がビンビン乗り切る。大変においしくなります。こんなうまいものを嫁になんか食わせられるか、というのが「秋サバは嫁に食わすな」。
 もうひとつサバで注意すべきは、鮮度の落ちるのがすごく早いということです。「サバの生き腐れ」というもので、まさか生きてるうちに腐ったりはしませんが、他の魚に比べて痛みが早く、それでいて表面はツヤツヤして見えるため、うっかりすると中毒を起こします。素人でも分かる見分け方は、まん中あたりを持ち上げても魚体がピンと張っていて頭と尾がたれ下がらないようなら大丈夫。今晩のおかずに最高ですね。さらに、腹のところに薄い金色が横に走っていたなら、なお文句ないです。

“ボラのへそを食ったかい?”

 ボラは出世魚の代表。毎年冬にこどもが海へ下っていき、翌夏になると川を上っていきます。その頃の体長10センチ程度のやつを「オボコ」とか「スバシリ」といいまして、それが秋を迎える頃には20センチほどに成長し名前もイナセな「イナ」というやつになり、30センチくらいになると「ボラ」、さらに5,60センチにまで大きくなると“トドのつまり”の「トド」と呼ばれます。
  秋から冬にかけてのボラは刺身でも塩焼きでもうめえよ。それに何といっても卵巣からつくるカラスミ。こりゃあ珍味です。でも、さらなる珍味として有名なのが「ボラのヘソ」。魚にへそなんかあるわけない。こいつは本当のへそじゃありません。胃袋への幽門部といって、泥中の虫などを食べるための部分だそうですが、ヘソにそっくりなのでそう呼ばれています。こいつを三つ、四つ串刺しにして焼いたものが珍味中の珍味といわれてます。確かにそろばんの玉みたいにつながったやつは、塩をかけても付け醤油で食べてもなかなか乙な味ですな。日本酒に合うしね。

“イセエビの恐怖”

 自然界には天敵というものがあります。そのなかでヘビはナメクジに弱い。ナメクジはカエルに弱い。カエルはヘビに弱い。この三種類の生き物が集ったら大変なことになってしまいます。このような関係を三すくみといいますね。
 さて、海の生き物にもこのような関係がありまして、秋の海には三すくみが潜んでいます。イセエビ。こいつはタコが怖い。あんなニュルニュルした奴は信じられん! と言います。しかしタコにいわせればウツボは最悪! あんなおっかない野郎はいねえ! と青ざめます。ところがウツボにとっては、俺あ、イセエビとはどうもソリが合わねえ。クルマエビならまだしも、イセエビってのは、ちょいと気取り過ぎじゃあないかえ? という具合にかれらは互いに恐れ合っているんですね。
 昔は南房総の岩礁地帯ではイセエビを捕まえるための「トラップ漁法」というのがありました。これは岩場に穴を開け、そこに二、三本の土管を埋め外部とつなげて海水を流せるようにしておき、天井から人の出入りする入口を設けておいて、フタをして暗くしておくのです。
 「俺って穴だいすきぃー!」というイセエビが機嫌良く入ってきます。入っては来れるけれど出口なしという無間地獄。もう出られません。あとは人間さまが好きなようにイセエビを捕獲するという仕組みなんですが、どうかすると「ここはエビ棲みかに違えねえ、いま行くから待ってろ!」とばかりにタコがニョロニョロ侵入してきます。イセエビはこりゃ大変だあ! とばかりに真っ青なエビになってしまいます。ところが今度はビローンと長いウツボが「おう、オレさまの出番だな」と何を考えたのかここに割り込んできます。今度はタコが青くなります。と同意にウツボも青くなって、さあこれから果てしない大騒動がはじまります。
 今はこの漁法は行われていませんが、昔の漁師は穴の中に、ものすごい修羅場を発見してビックリした、なんてことを聞きました。

“サンマの旬っていつなのよ?”

 初サンマの入荷がどんどん早くなってます。河岸に来たばかりの頃は、初サンマといえばお盆明けって感じでしたが、近頃は梅雨も明けない時分から入荷してきます。今年は7月11日。何でも近頃はスーパー同士が漁船仕立てて初物を競っていて、「今年はウチが1日早かった!!」なんてやってるそうです。そんなことまでしてくても、も少し待ってりゃ向こうからやって来るのにね。うんとうまくなって、しかもたくさん獲れるのにさ。セミの声聞きながらサンマ食うなんざ場ちがいじゃねえの? なんてブツブツ言いながら、でも食べてみるとやっぱりうまいんですね。うまいよ、こりゃ。 
  それで考えたんですけど、魚の旬の時期なんて結構いいかげんだな、と。ある魚の旬はいつ? って河岸の人間に聞いたなら、みんなバラバラの時期を言いますよ。あんまりはっきりしていないんですね。それというのも、魚の旬の時期はいつだ、なんて決めるのは人間の都合。魚は何も人間においしく食べてもらおうと思っているわけではなくて、かれらなりの理由があって泳いでいるんですね。産卵とか種族保存のためです。それが多少ズレるなんてよくあること。自然の恵みなのだから人間のカレンダー通りにいかなくても文句言えません。だから、たくさん獲れて、おいしけりゃ旬! それでいいんじゃないでしょうか。

 などと言いながらも、まあ、なんとなく秋っぽい魚について見てみました。まだ他にもご紹介してないやつがいっぱいいるんで、次回に続きをやりますかな

 

生田與克―いくたよしかつ
1962年東京月島に生れる。
築地マグロ仲卸「鈴与」の三代目として築地市場で水産物を扱うなかで自然の恵みの尊さ、日本特有の魚食文化の奥深さを学ぶ。
現在、講演会などを通じて魚食の普及に努めるほか、ホームページ「魚河岸野郎」を開設。魚河岸の歴史と食文化を伝える“語り部”として精力的に活動している。

「築地の魚河岸野郎」
http://www.uogashiyarou.co.jp/


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2006年7月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  

 

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