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伝統的食文化の行方を、築地魚河岸の現場からお伝えします 魚河岸発!
今月のテーマ:魚が風邪をひいた日

 ハックショイ!! ブルルッ! なんて文字入力するのもわざとらしいですが、すっかり風邪をひきこんでしまいましてな。生姜湯なんぞいただきながら養生しておるわけでございます。何しろアナタ、冬場の築地といったら極寒の地。吹きっさらしのところへ山のように氷を張って魚商ってるんですから、東京でもこの一区画だけは気温が数度下がるという、お魚ツンドラ気候帯に属するわけです。河岸の屈強な男どもはこんな寒さにも勇み肌を張ってますが、おぼっちゃん育ちのアタクシなんぞはすぐに風邪をひきます。やはりヤワなのでしょう。
  でも育ちが良くってヤワなのはアタクシだけじゃございません。実は河岸の主役のお魚たちも実にデリケートなんですね。

“魚は風邪をひきますか?”

 ひきます。いや本当の話。
人間が寒い思いをすると風邪をひくように、魚にも好みの水温というのがございまして、それより低い水温だと「ブルルッ! こりゃいけねえ。身体が冷えすぎた、どうも熱っぽくていけねえ。早えとこウチへ帰えって床のべて寝ちまおう!」ということになるんですね。どうやら風邪をひいてしまったようです。また、より高い水温だったりするとグテッとバテちゃうんですね。
では、どんな魚がどのくらいの水温が好きかといいますと、冷たいのが好きよというタラは0.5℃〜5℃、サケは5℃〜10℃、そこそこ冷たいのが良いわというサバで12℃〜18℃、タイは10℃〜20℃、やっぱ温いのがいいよねという軟弱派のマカジキは16℃〜29℃。カツオは18℃〜30℃。こういった範囲の水温より極端に冷たくなると、「ぶるるるるっ、こいつあ寒いや、ウチぃ帰えってちょいと一杯ひっかけてえな!」と思うかどうか知りませんが、ストレスを感じていっぺんに風邪をひいてしまうというんですな。
まあ、なかにはとんだ例外というヤツもございまして、たとえば一生温泉につかっている魚がおります。メキシコのキリフィッシュ。こいつは大の温泉好き。24時間ずっと湯につかっている「湯けむりみちのく旅情野郎」なんですね。一方、南極のイトセニア類という連中。ヤツラときた日には氷点下2度の水中で生活してますよ。「カリッと冷えなきゃ身体がしゃっきりしねえよ」とばかりに冷たくなっています。本当なら冷凍魚になっちゃうところですけど、南極付近の塩分濃度が高いのと、こいつらの体内塩分が高いのとで、うまくバランスを取って凍結しないで泳いでいるというんですけど、ほとんど泳ぐ冷凍魚でございますな。

“魚は魚体と水でひとつの生き物”

 確か小学生の時分に習ったと思いますが、人間は恒温動物であり、魚は変温動物だと。魚は体温を調整できないので、自分に合った水温を求めて移動するんですな。したがって魚の体温というのはおおよそ水域の水温となるわけです。それだけ住んでいる水が重要でございまして、水が合わなければ死んでしまうから大変です。
不便な生き物よのお、などと思いますが、そうはいっても実は人間も以前はかれらと似たようなもんだったんですな。人間の血の成分は海水の成分と同じだそうで、進化して陸に上がっても水とは切っても切れない関係にあります。ただ自分で水分を調節することができるようになったために水中でなくても生きていけるというだけなんですね。それができない魚には水というものは身体の一部のようなもので海とともに存在しているわけです。
そんなことで、南太平洋を回遊中のカツオが「ちょいと今日はシロクマでも見るべえか!」と北氷洋にお散歩に行って風邪をひきこむ、なんてことはまず考えられません。だから海で泳いでいる魚が自然の状態で風邪をひくことは実際にはあり得ないんですな。では、どんなことでひくかというと・・・。

“ボクの金魚が死んじゃった!”

 よくありますな。金魚を飼っていて、水を交換したら死んじゃった、なんて話。縁日なんかの金魚すくいで買ってきた金魚を家の水槽に入れておいたらオシャカだ、やっぱし夜店なんてダメね! ってそうじゃないんです。ダメなのはアンタなんですね。夏のぬくい水で泳いでいた金魚さんをいきなり冷たい水道水に入れたらみるみる暴れ出します。うわあ元気になった、と思ったら大マチガイ。苦しがってるんですよ。で、ひっくり返って昇天です。そうなんですね。風邪ひいて死んじゃったんですよ。死因は水温なんですが、つまり魚は人間の手によって風邪をひくことがある、ということなんですね。
魚が風邪ひいたらどうするか? 水温を調整してください。それだけです。くれぐれも水枕をさせようと思わないで下さいよ。魚は発熱しないんですから。

それでまあ、まとめをしたいと思うのですが、総括するほどのテーマもないので困りものです。言いかえれば「自分に合った水を選べ」とか「郷に入れば郷にしたがえ」ということにでもなりますか?

 

 

生田與克―いくたよしかつ
1962年東京月島に生れる。
築地マグロ仲卸「鈴与」の三代目として築地市場で水産物を扱うなかで自然の恵みの尊さ、日本特有の魚食文化の奥深さを学ぶ。
現在、講演会などを通じて魚食の普及に努めるほか、ホームページ「魚河岸野郎」を開設。魚河岸の歴史と食文化を伝える“語り部”として精力的に活動している。

「築地の魚河岸野郎」
http://www.uogashiyarou.co.jp/


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2006年1月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  

 

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