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伝統的食文化の行方を、築地魚河岸の現場からお伝えします 魚河岸発!
今月のテーマ:サンマ苦いかしょっぱいか
 いよいよ初サンマの季節がやってまいりました。サンマといわれてイメージする季節、それはまあ、人それぞれで感じ方は違うかもしれませんが、私ならやはり晩夏から初秋にかけて。そう、ヒグラシの声をききながら、夕焼けの中で七厘で煙をいっぱい出しておもてで焼くものだ、と。子どもの頃にはよくオヤジがそうして焼いてくれたもんです。それが四季の風情というものだったと思いますね。

“サンマのはらわた 食べる? それとも捨てちゃう?”

 サンマのはらわたなんて言っても、最近の若い人にはまったくの理解外ですね。「えー、サンマってはらわたを食べるの?」という具合で、まず食べたことすらない人がほとんどです。サンマで一番おいしいところはですね、えー、これはもうはらわたなんですね。だから本当のサンマ好きは、はらわた食って身を残しちゃうくらいです。

 むかし、河岸の食堂でね、どこかの旦那衆が入ってくるなり酒とサンマを注文したんです。で、出てきたそいつの腹の部分をきれいに食べる。それで酒をやる。普通に食べる身のところにはいっさい手をつけず「ごっそさん」って帰っちゃうんですよ。横で見ていた食堂のおかみさんも「あの人は粋だねえ」とほれぼれとしてました。
 くだんの粋な「はらわた旦那」を見てシビレた私は、それから一週間ほどして同じ食堂でサンマを注文し、同じようにはらわただけつまんでみたんです。そしたら、これがヒドイしろもの!
「うわっ! これウロコじゃん。気持ち悪ぃーっ! 噛めないよお!」
それを横で見ていたおかみさんが、
「バカだねえアンタ。初物でなきゃ、はらわたなんか喰えるかよ!」

 鮮度の良いサンマのはらわたは苦味とともに、周囲の腹身の脂が相まって独特の旨味があるのですが、たとえ鮮度が良くても、棒受網という一網打尽に獲ってしまう最近の漁法では、網のなかでサンマ同士が暴れ回り、その際にはがれたウロコが互いの口に入り込んで、サンマの胃の中はウロコでいっぱい。当然はらわたもひどい雑味になってしまいます。「最近、サンマのはらわたがマズくなった」というのはこうしたことが原因なんですね。
 でも、初サンマはそれほど大量に獲れないことから、棒受網ではなく、刺し網という昔ながらの方法が取られます。これは泳いできたサンマが網目に一本一本刺さってきたところをすくいあげるもので、これだとサンマがウロコを飲む心配もありません。
 「サンマはお前、はらわたに限るよ」なんて講釈たれながら喰うにしても、はらわたは初物に限る! ということでして、あんまり"通"ぶって、何でもかんでもはらわたを食べようとすると、中にはヒドイ代物がありますからとんでもない目に遭うんですね。

“サカナ偏に「祭」と書いた?”

 サンマは最近では「秋刀魚」と書きますが、むかしは「_」でサンマと読ませたんですね。日本橋に魚河岸があった頃、旧暦十月下旬にどっとサンマが入ってきて、およそ一ヶ月間は魚河岸中がサンマ、サンマとお祭り騒ぎになったといいます。だから魚へんに祭でサンマ。もうひとつの説は、ちょうどサンマの時期に恵比寿講がありまして、恵比寿様といえばタイを抱えてますから、ここはひとつタイをお供えしたい。でも、江戸の昔もタイは高級魚でしたからなかなか手が出ません。そこで、旬を迎えた手頃なサンマをお供えした。こういうことでサンマは祭の魚と呼ばれたのだといいます。
ちなみに「_」にはもうひとつ読み方がありまして、それは「コノシロ」。江戸っ子はこの光り物の魚が大好きで、江戸のお稲荷様のお祭りにコノシロをお供えする習慣があったからだそうなんですね。

“いつから夏の魚になったのだろう?”

 まさにお祭り騒ぎになるくらい、旬になるとどっと出回ったサンマですが、最近はそんな風情はとんと感じられなくなりました。初物はありがたい、というのは分かるんですが、それにしてもサンマの入荷はどんどん早くなっているんですね。
築地市場では今年の初サンマの入荷は7月8日。これ、去年と比べても2週間も早いんですよ。毎年、初入荷に合わせて荷受会社が『初さんま』と書いた幟を作るんですが、今年は何とそれさえも間に合わなかった。何ともおかしなことが起きています。まだ梅雨も明けてない、秋どころか本格的な夏にもなっていないのに初サンマが出回るというのは、一体どういうことなんでしょうか?

 そもそも初物というのは、「その年に初めて獲れたもの」であって、決して「早いもの」ではないんです。早ければいいというものではなく、たとえば毎年サクラの開花時期が違うように、早かったり遅かったり、それをソワソワしながら待ってこそ、大自然のありがたみが解るし感謝の気持ちがわいてくるというものではないでしょうか。それにそうやって自然にしたがって生きていた方が美味いものも喰えるし、安いということで、ああ、日本人に生まれて良かったなあ〜と、再確認することにもなります。

 しかし最近では、日本人が昔から持っている初物信仰みたいなものが、この自由経済社会のなかでうまいこと利用されてる、ていうか商売にされちゃってるんですね。人間の経済活動のために、初物を作り変えているのです。サンマなんて回遊魚ですから、捜せば海のどっかには必ずいます。また、黙って待っていれば、勝手に向こうから寄ってくるもんですよ。実際、漁協から出てる例年の漁獲量をみると10月が一番多いですしね。でも国営になってる某大手をはじめとするスーパーとかが、金にもの言わせちゃって、早い船走らせて、競ってドンドン沖に出て行ったんですね。で、『今年はウチの方が入荷が早かった〜!』なんて喜んでやがりますし、『勝った!』とかガッツポーズしてやがります。「だからどうしたんだよ!」なんて、突っ込みの一つも入れたくなりますよ。

“佐藤春夫のサンマ”

  「サンマ苦いかしょっぱいか」、この句は文学者佐藤春夫の『秋刀魚の歌』にある有名な一節です。サンマが苦いとは、ははあ先生も鮮度の落ちたサンマのはらわたを食したなと想像するわけですが、それはさておき、佐藤春夫の食べたサンマはどのようなものだったかと考えると、サンマの味覚を代表するこの歌の印象もちょっと変わってまいります。

 佐藤春夫の生れ故郷は和歌山県新宮。「サンマの姿寿司」の名産である紀州の人だったんですね。何しろサンマ寿司が名産ということですから、紀州ではさぞ美味しいサンマが獲れるだろう、と思うとこれが逆なんですね。ちっとも獲れません。紀州へサンマが立ち寄るのは北の海から長い回遊の末に脂が抜けきった、この地方では「麦サンマ」と呼ばれるものです。だから焼いてもあまり美味しいものではありません。ところがこの脂がないというのは焼き物には向きませんが、寿司にはぴったりとしていたために名産「サンマの姿寿司」が生まれます。脂の多いサンマではつくれなかったんですね。

 今でこそ冷凍輸送技術が発達して、全国津々浦々まで新鮮な魚が行きわたる世の中ですが、佐藤春夫がこの歌を詠んだときにはもちろん冷凍サンマなどありません。いわば場ちがいな、ちょっとパサパサのサンマを食したのだと想像されます。焼いてもさして煙の上がらない痩せたサンマに土地の食べ方である蜜柑をしぼって食べる。『秋刀魚の歌』は、その侘しさを歌ったものなんですね。
 もっと込み入ったことをいえば、佐藤春夫のアニキ分である谷崎潤一郎に虐げられた谷崎夫人をかばって保護し、いわば他人の持ち物との生活の中で、血のつながらない娘がサンマのはらわたを欲しがったときに「苦いかしょっぱいか」とやるわけで、しみじみとした侘しさといってもちょっと複雑な事情のものではあります。

“秋刀魚の味”

  さて、現代のサンマにはそんな侘しさはありません。食べたいときに食べられる美味しい大衆魚といった印象です。でも一本の魚に込めた情感であるとか、季節ごと、土地ごとの食べ方といったものはいつまでも残してほしい。失くしてはいけないものだと思います。なぜといえば、自然にしたがうこと、自然を身体に取り込んでこそ、心に染み入る味わいと出会えるのではないかと思うからです。欲望と利益を追求する業者の『初サンマ合戦』なんてすぐにやめて欲しいものです。


生田與克―いくたよしかつ
1962年東京月島に生れる。
築地マグロ仲卸「鈴与」の三代目として築地市場で水産物を扱うなかで自然の恵みの尊さ、日本特有の魚食文化の奥深さを学ぶ。
現在、講演会などを通じて魚食の普及に努めるほか、ホームページ「魚河岸野郎」を開設。魚河岸の歴史と食文化を伝える“語り部”として精力的に活動している。

「築地の魚河岸野郎」
http://www.uogashiyarou.co.jp/


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2005年7月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  

 

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