知らない魚を食べたくないですか?
魚の種類はおよそ2万5千種だと申し上げました。でもそんなにたくさんの魚を見ることなんてありませんよね。魚屋さんやスーパーなどでは季節ごとにだいたいおなじような顔ぶれが並んでいるでしょ。ある日、魚売場が見知らぬ魚で埋めつくされるということはまずありません。それはどういうことかというと、誰も知らないような魚は売れないので、流通に乗らないんです。消費者の方々は見たこともない名前も知らない魚を買いたがらないんですね。本当はたくさん獲れて、とてもおいしいやつがたくさんあるんですけどね。
私ね、よく産直やるんですけどね。産直っていうのは、じかに産地に足を運んで魚を買い付けてくるんですが、その産直を趣味でやってます。本当はこれ、商売なんですけど、採算が合わないんで、趣味商売というか、変った魚を食べたくて、地方の産地市場を訪れるんです。すると、そこに毎回、見たことのない魚がいるんですよ。土地の人がニクモチガレイと呼ぶヤツなんて、味もさっぱりしていてとても美味いんですけど、いま申し上げたように一般的じゃないっていう理由で東京には出回りません。河岸でも誰も知らないんです。もしかしたら魚類図鑑にも出てないかもしれない。
大きいヤツ、小さいヤツ
ちなみに、魚の中でいちばん大きいとされているのは、ジンベエザメ。知ってます? こいつは体長が15メートルにもなります。15メートルといったら、こいつを立てかけたらビルの5階くらいありますよ。ほとんど怪獣ですね。
一方いちばん小さいヤツはというと、大西洋の深海にいるアンコウの一種の「ケラチアス」。こいつは成魚でも全長1センチ足らず。小っちぇえヤツです。しかも面白いことに、こいつの雄はそのように小さくてそこいらにうようよしているんですけど、同じくケレチアスでも雌の方は1メートル近くもあるんです。それで滅多に泳いできません。雄は一生に一度巨大な雌に出会うと、「うわあオンナだあ!」とばかりに、雌の頭や腹の部分に、ピッタリと寄生虫のようにくっついてしまいます。そして、最後には血管同士がつながって、雄は雌の一部になってしまうという。何とも哀しいお話じゃありませんか。生物界においては、雄は弱いものなんです。ねえ。人間界においても、もっと雄をいたわってあげようよ、なんてね。思いませんか?
さて、魚の種類はいくつある、なんてことを決めるのは、学者のセンセイ方なわけですが、学問の世界でも四苦八苦しているみたいで、2万5千? それじゃあ少ない、3万だ、いや5万だなんて、いろんな説があるくらいで、その上、こうしている間にも、日々新種の魚が発見されているっていうんですからねえ、なんともスゴイ話です。
こんな複雑多岐にわたる生物を把握しようとしてもなかなかむずかしいものです。でも、日常的に食卓にのる魚を区別するカンタンな分け方があるので、ちょいと覚えてみましょうか。おいしい魚に舌鼓を打ちながら、その食べ物が生き物だった頃に思いをはせてみるのも一興というものでしょう。
魚を区別してみよう――その生息地から
まずは生息地です。魚はたいてい海や川に棲んでいますね。つまり海水魚と淡水魚ですね。ここではとくに海にいる海水魚について考えてみましょう。
日本近海にたくさんいる魚をごく大ざっぱにみると4つのグループに分かれます。
ひとつは浮魚(うきうお)というヤツです。
マイワシやカタクチイワシ、アジ、サバ、スルメイカ、サンマといった、たくさん
獲れるものですね。
それに対して底魚(そこうお)ってのがいます。
冬の間は海の底にじっとしていて、温かくなると浅瀬にエサを求めてやってくる連中です。
カレイやヒラメ、マダイ、タコなんかがこのグループに入ります。
それから深海魚。こいつらは海の深いところにいつもいます。
それともうひとつ、マグロやカツオなどの回遊魚。
こいつはたくさん獲れる浮魚の仲間ですが、世界中を回遊し、ある時期だけ日本近海にやってくるということで、別グループとして区別してやると良いと思います。
これら4つのグループのうち、特に性格の異なる浮魚と底魚について見てみましょう。
今申し上げたように、浮魚は、マイワシやカタクチイワシ、アジ、サバ、スルメイカ、サンマなど、一方の底魚は、カレイやヒラメ、マダイ、タコなどです。
さて、単純にみて、浮魚と底魚には、どんな違いがあるでしょう?
浮魚は、安い大衆魚、底魚は、高級魚。なんとなく、そんな傾向がありますね。
実は世界中の水産漁獲量の2/3は、浮魚がまかなってるんですんですが、そんな浮魚の生態に大きな影響を与えているのは、海流なんです。
日本近海でたくさん獲れる浮魚は、南で生まれて北で育ちます。南の海で生まれ、黒潮暖流の影響下で稚魚時代を過ごし、やがて北へ移動して育つんです。
つまり浮魚の漁獲地は、北日本にかたよっているわけですね。
しかしいくらたくさん獲れるといっても、浮魚には漁獲量が大きく上下する、という特徴があって、たとえばマイワシなんかですと、極端な豊漁と凶漁をくり返す傾向があります。昭和末期に爆発的な漁獲高があったものの、平成に入ると激減し、平成10年には最高漁期の1/10程度にまで落ちています。
それでは底魚の特色はどういったものでしょう?
浮魚は海流にのって住むところを変えていきますが、底魚は、たとえば関東沖から東北沖まで移動する、なんてことはありませんから、ヤツらは海流ではなく地形に左右されているんですね。 水深200メートル程度の浅い海底を持つ場所、具体的には大陸棚ですね、大陸棚斜面の水域に生息するのが、底魚の特徴です。
ところで日本周辺の200海里水域でみると、大陸棚に属する浅い深度の海底の面積は、わずか10%足らずに過ぎません。面積が少ないわけですから、日本は底魚の漁獲に恵まれてないんですよ。だから漁獲高では浮魚に遠く及びませんが、そのかわり種類が大変多い。ということで、動かない上に種類が多いわけですから、魚名がそのまま地名を彷彿とさせるような、地域性の強い魚が多いんです。
たとえば大分のシロシタガレイ。十勝のシシャモ。同じく北海道のホッケ。秋田のハタハタ。周防灘、伊予灘のトラフグ、マフグ。富山湾のホタルイカ。伊勢のイセエビなんかは、みんなこの底魚です。ね、地方色が豊かでしょ?
魚の生息地から見た大きな分け方、浮魚と底魚。
浮魚はたくさん獲れて、南で生まれ北で育つ。底魚は浅い海底に棲み、地方色豊かな魚である、と、こんなふうに覚えておいて下さい。
さらにこの浮魚と底魚は、味覚においてもはっきりとした違いがあります。
魚を区別してみよう――その肉質から
魚の肉質でパッと頭に浮かぶものといえば……? そうですね、赤身と白身。肉色の違いからこう呼ばれてますが、この違いが一体どこから来るのかというと、実はこれ、魚の運動量の違いなんです。
激しい運動をする魚、つまり体育会系なのが赤身の魚。これらは移動を行う魚で、激しく運動をします。そのため大量の酸素を必要とするんですが、その際に身体の隅々にまで酸素を効率よく運ぶのが、色素タンパク質というものなんです。この色素タンパク質が肉色を赤くしているんですね。
一方白身の魚というのは動き回らない、定着性の強い連中で、だから色素タンパク質を必要としないことから、肉色は白っぽくなる、というわけです。
さて、そうなると、先ほどの浮魚は赤身の魚、底魚は白身の魚ということになります。「生息地」と「肉質」は、実は深い繋がりがあったんですね。
というわけで、イワシ、アジ、サバ、サンマなどは赤褐色の肉色を持つ浮魚、カレイ、ヒラメ、マダイのように白色から薄い赤色の肉色の魚が底魚というふうになります。
ただ、サケ・マス類に関してはこの区分にはあてはまりません。サケって赤身の魚でしょうか? 実はですね、ヤツらは白身の魚なんですね。でもヘンですね。だってサケやマスは回遊魚ですし、肉質も赤っぽいじゃないですか。さあ、今度サケをよく見てくださいね。赤っぽいといっても、ちょっと違いますから。カツオやマグロのような赤さじゃないんです。その色合いは、カニやエビを赤くしているのと同じカロチノイド色素という血液成分によって、赤っぽくなっているんです。この色素は、運動量とは何の関係もありません。回遊魚は赤身の魚だけど、サケは白身の魚。覚えておいてください。
まあ、「赤身」とか「白身」っていうのは文化的な言い回しですから、科学的な分類とは、必ずしも一致しません。そんなのヘンじゃないの?なんてこともあって、そのいい例が、この「サケは白身」なんだと思います。
これからいろんな魚を召し上がる度に、この二つのポイント、「生息地」と「肉質」を思い出して、海にいた頃は、こいつどんなヤツだったんだろうなんてことに、ぜひ思いを馳せてみてください。
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