日本橋美人新聞 増刊壱号(2007年)掲載
他人の気持を思いやることのできる聡明さは”心も身体も美しい“日本橋美人の魅力。現在「江戸しぐさ」が静かな話題になっているのも、相手を尊重し思いやる気持ちから自然にうまれる美しさを求める心の声があるからでしょう。豊かな教養に裏付けられたたおやかな感性をもつ女性は煌いています。日本橋美人ブランドの価値観の根底にある江戸の優美な感性について、江戸思草の第一人者である越川禮子氏に伺いました。
雨の日に道ですれ違う時に互いに傘を外側に傾けてさっとすれ違う「傘かしげ」、あとから乗ってきたお客のためにこぶし分腰をあげてすっと詰めて席をあける「こぶし腰浮かせ」、狭い道ですれ違うときにお互い右肩を引いて斜めですれ違う「肩ひき」など「江戸しぐさ」が注目され、いろいろなメディアで取り上げられるようになりました。これらは「お初しぐさ」といわれ江戸しぐさの第一歩ですが、江戸しぐさは単なるマナー集ではありません。本当に大切なのはその背後にある心構えなのです。 江戸思草の「思」は思い。「草」は「言い草」の草。話す「行為」のことです。思草というのは、その人自身が人間関係を維持していくために長年培ってきた思いが、その場で瞬間的に形となって出てきた行為を意味します。 商人の町日本橋をはじめとする江戸の商人は、信用を重んじ顧客を大切にしましたから「てゃんでぇ」「べらんめぇ」調の荒い言葉を使うことは決してありませんでした。言葉が乱れれば生活態度も、顧客との人間関係も乱れてしまうと考えていたからです。きちんとした正しい言葉づかいは「江戸思草」の基本です。 江戸思草の大事な基本理念は、「いくさをしてはならない」という徳川家康の遺訓と、「たった一度の人生なんだからお互いに気持ちよく楽しく生きよう」という二つでした。 日本橋の大店の主人など高い志を持った町衆のリーダーたちは、それを実現するにはどうすればいいのかを考える際に、古典を学び人間を研究することに力をいれました。町が安泰で商売が繁盛するためには、ビジネスの基本すなわち「相手との良い関係」を築かなくてはなりません。互いに思いやることで人間関係を良くしていくように工夫し、その心構えを具体的な行動に示しました。 目下の者から「おはようございます」と言われたら「おはようございます」と同格で返事をすること、小僧や丁稚の意見も「苦しゅうない、話してごらんなさい」と耳を貸す。逆に江戸思草にもっとも反するのが「そんなに偉いお方とは存じませんで失礼をいたしました」。これでは偉くない相手はどうでもいいと言っているのと同じことで「誰に対しても尊敬の念を持つ」という理念から外れた間違った考え方とされました。 企業家として組織の上に立つリーダーのこういう心構えが個人の品格となり、誰でもまねをしたくなるいきな江戸思草として広がっていったのです。 水茶屋の江戸小町は、豊かな教養を持つ江戸思草の実践者であった。
提供 東京国立博物館 「江戸女房」という言葉もありました。旨い料理を作り、裁縫ができ、親切な心、色気など、生まれたあと自分の努力で資質を磨き上げてきた女性は「江戸女房」と呼ばれ、江戸で成功する要素だったそうです。逆に自惚れの強い「かっぺい」(井中っぺい…井の中の蛙)は「旨いものでも不味く食わせる」と古老たちが言っていたとか。 水茶屋で働く女性の中に、浮世絵や手まり歌やお芝居にもなったステキな人気者がいました。彼女は単に美しいだけではなく、お客への相槌や客さばきが抜群で江戸っ子の好きな落ち着いたアルトの声で対応するので、お客はそれを聞きたくて、そして見たくて押し寄せたそうです。 相手の気持ちや立場がわかるように感性を磨き、人間としてもともと持っている優しさを育み、どんな人にも適切に応対できる教養を身につけ、毎日の努力を積み重ねた結果、自然に「江戸思草」が振舞えるようになった女性は「江戸小町」として正しく評価されました。江戸小町は自立した女性でもあるのです。 日ごろから正しく美しい考え方を持ち心を常に磨いていれば、目つき、話し方、身のこなしや表情にそのままあらわれます。きちんとした教養があり、話をして楽しく、いわゆるつきあい上手な女性になるためにはハウツーの知識は役にたちません。高級品を身につけて美人になるような江戸思草の特効薬はないのです。生活習慣病を予防するように、毎日の小さな積み重ねで自分自身の内側から感性や洞察力を磨き、自分の中でほんとうの美しさを育てていくことが大事なのです。「心も身体も美しく」なる「日本橋美人商品ブランド」は、まさにそういう美人づくりを支援する存在なのですね。 美術館に行って本物の美に触れたり、人間関係の中で想像力を育んだりして、体質を改善するように内側から美しくなっていく。そういう人は動作もきびきびし、顔つきも凛として美しく引き締まってくるものです。日本橋美人というのは、そういう人のことなのだと思います。 |
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