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日本橋美人新聞No.26冬春号(2011−2012年)掲載
インタビューアー:山田 晃子
日本橋美人推進協議会 プロデューサー日本橋OLクラブ部会長 株式会社ヤマダクリエイティブ代表取締役 野ア哲夫 株式会社鉄道会館 代表取締役社長 1970年 東京大学工学部卒 同年日本国有鉄道入社 1994年 上信越高原リゾート開発(株)代表取締役社長 1998年 東日本旅客鉄道(株)取締役長野支社長 2001年 ジェイアール東日本住宅開発(株)代表取締役社長 2005年〜(株)鉄道会館 代表取締役社長 好きなことば 〜雲の上はいつも青空〜 荒天の日でも厚い雲の上には、いつも青い空が広がっています。同様に人生で苦難の時があったとしても、信念を持ち未来にベクトルを合わせて乗り越えれば、いずれ成果が表れると思います。
山田 本日は株式会社鉄道会館の野ア社長をお訪ねし、日本橋と日本橋美人についてお話をお伺いします。御社の業務形態と「Tokyo Station City(東京ステーションシティ)」計画についてお聞かせください。
野ア 弊社は昭和27(1952)年に、日本国有鉄道の初の駅ビル開発会社として創業いたしました。現在はJR東日本グループの一員として、東京駅を中心とした商業ディベロッパーという職務を担っています。 JR東日本が進める東京駅周辺整備計画「東京ステーションシティ」は、言葉の通り「東京駅が、街になる」という開発コンセプトのもと、日本橋、八重洲側と丸の内側を結び、新たな文化の発信拠点を目指した計画です。この先陣を切って平成19(2007)年にオープンした「東京Precious Memory(大切な記憶)」というコンセプトを掲げた直営のエキナカ商業施設「GRANSTA(グランスタ)」は、二つの地域を駅改札内の地下1階で繋げ、回遊性を高める役割を担っています。 また平成22(2010)年には、1階にエキナカ・レストラン施設「GRANSTA DINING(グランスタ ダイニング)」を開業いたしました。その他、黒塀横丁やキッチンストリートなどのグルメスポット以外にも、ステーションコンシェルジュやクローク、外貨両替所などの新たなサービスを提供し「街」としての機能を強化しています。 山田 大正3(1914)年に日本の玄関として建造された東京駅は、まもなく開業から100年を迎えますが、現在はまさに歴史的な再開発の真っ最中ですね。次代に向かって、今後の展開をどのようにお考えですか。 野ア 私は、歴史や伝統を「時間の堆積」と呼んでいますが、それは一朝一夕には築くことのできない大きな財産といえます。再開発の取組には、古き良きものを残しながら、更にブラッシュアップしていく事が重要だと思います。平成24(2012)年に完成する重要文化財である、丸の内駅舎の保存・復原工事の完成はその典型的事例となるでしょう。 また、その翌年には八重洲側で、サウスタワーとノースタワーを結ぶ「Gran Roof(グランルーフ)」が竣工します。これは東京駅の東西のみならず、南北の回遊性をも強化させることを可能にします。この建物を低層化することで、東京湾から八重洲通りを通り丸の内側に「風の道」ができるでしょう。 東京駅開発には常に新機軸を求めていますが、そのキーワードは「文化の創造・発信」を東京駅から行うということです。是非、地域の皆様方にもご協力いただきながら、街と融合しつつ「複合型文化エリア」として整備を進めて行きたいと思っています。 山田 環境にも配慮しつつ、多彩な魅力を兼ね備えた新しい空間が出現するかと思うと楽しみですね。ところで、野ア社長ご自身の日本橋のお気に入りのスポットは、どのようなところでしょうか。 野ア 私は子どもの頃から大の鉄道好きで、それが高じて国鉄に入社したようなものですから、どうしても物事を東京駅から考えてしまいます。日本銀行本店の建物は、東京駅と同様に辰野金吾の設計なので親しみを感じますし、特に常盤橋から望む日本銀行周辺の水辺と街並の美しさは、日本橋から見る三井本館、日本橋三越本店などの建物や街路景観と並んで、まさに日本橋の象徴という気がいたします。また日本橋は五街道の起点であり、東京駅は各方面の新幹線始発駅ですから、互いに交通の要という因縁も感じますね(笑)。 山田 2011年10月21日(金)〜11月8日(火)に開催した「EDO ART EXPO"Japan Beauty from Edo -Tokyo" 第4回日本橋美人博覧会」では、日本橋地域を中心に名店、企業、ホテルや文化施設などがパビリオンとなり、江戸をテーマに伝統技術や歴史、美意識などに関わる展示を街ぐるみで行いました。また、共催イベントや店舗フェア、ワークショップ、各種ラリーなど楽しいイベントもご用意し、国内外から35万人もの方が各会場を訪れてくださいました。
御社には「東日本大震災支援プロジェクト 復興市」の会場(八重洲北口1階キッチンストリートのイベントスペース)のご提供をはじめ、さまざまなご協力をいただきました。 野ア 以前より弊社では「ニッポンおいしいフェア」と称し、地方の特産品を使ったメニュー開発や観光PRを行ってきました。「復興市」は、我々の地方情報の発信、活性化支援への取組にも合致する趣旨でしたので、大変やりがいがありました。特に被災地の方々がいらして直販する機会のお手伝いができた事は、意義深いことであったと思います。また被災地への支援の一環として、日本橋美人商品をはじめとする日本橋の名産も販売したことにより、地方への発信の一助になったのではないかと考えています。 山田 野ア社長にとっての「日本橋美人」とはどのような女性でしょうか。 野ア 東京駅開発の価値が何かと考えたときに「日本らしさ」、すなわち江戸時代に端を発する「江戸らしさ」にテイストがあります。同様に「日本橋美人」とは、この「江戸の文化」に培われた粋で洗練された感性を持ち、新たな物事をアグレッシブに取り組む精神がある女性ではないでしょうか。特に理性の中にも、熱い情熱を秘めている女性であってほしいと思います。 山田 私たちも「江戸の文化」に学びつつ先進性を持った「日本橋美人」を目指し、心身ともに輝いていたいと思います。
ファッションポイント
華やかさを寿ぐ訪問着は、裾模様に道長取りを配し、四季の花々を艶やかに描いています。正倉院模様の袋帯で高い格調を施し、初春らしさをピンク系の小物でコーディネートしました。 着付け:花影きもの塾 衣装協力:和Beauty HANAKAGE 撮影協力:ロイヤルパークホテル 撮 影:吉川信之 |
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