パトカーで先導案内
16ブランド参加し宣伝
中央区日中友好推進委員会(代表西川惠昭和西川(株)社長)が企画した上海視察団が9月21日(金)から24日(月)までの日程で実施された。参加者は26名となった。
今回の訪中の目的は中国最大の商業都市上海市の中心、黄浦区での中央区の文化・ブランドの宣伝、そして黄浦区と中央区との友好を深めるという2つの目的があった。その背景としては、国として日中国交正常化35周年の節目の年であること。それを受けての、国交省の日中間の2万人ビジットジャパン交流に参加するということである。
矢田区長、立石都議の公約、中小企業支援が成功したか、位置的、文化的、都市空間を共通する中央区と黄浦区の友好が深められたをみてみよう。
21日、上海浦東国際空港から世界初のリニアモーターカーで時速430キロを体験。ゆれの少なさ、スピード感に満足し、黄浦区役所で沈副区長の出迎えを受け、上海市の歴史、現状をジオラマで説明を受け、黄浦区人民代表大会代議員兼中国共産党上海市黄浦区銭景林書記と会談。型通りの挨拶を行い、銭書記から、昨年の日本訪問に伴う矢田区長、立石都議の温かい歓迎に感動・感謝の言葉があり、日本の友人として熱い友情を語られ、矢田区長が中央区内企業と黄浦区企業の相互の発展に寄与することを期待すると共に、日本での再開を楽しみにしていると挨拶し、立石都議、西川代表が続いて挨拶した。
16時より、豫園に場所を移し、中央区文化ブランド展示会での開幕式に臨んだ。豫園は上海市を訪れる世界中の人が見学する最大の観光スポットで、400年前の明の時代に作られた廻廊式中国庭園を取り囲むように木造3階建ての仲見世が数百軒ある場所であり、年間4千万人が来場する。
中央区の文化ブランド展の出展企業は、中央区、東京商工会議所、昭和西川、三井不動産、山本海苔店、ニチレイフーズ、名鉄観光、京浜急行電鉄、ニンベン、伊場仙、晴海コーポレーション、阿波屋、榮太樓本舗、黒江屋、竺仙、榛原の16ブランドである。
中国側から、銭書記、沈副区長。日本側から西川代表、矢田区長、立石都議、小菅山本海苔店取締役がテープカットに臨み、フェアーが開幕した。会場周辺は人だかりで溢れ、立錐の余地のない中、各店がブランドの紹介を行った。
その後、水の都中央区を意図して、黄浦区側は黄浦江の船上での視察を行い、東洋の真珠、右岸側の発展する浦東地区の超高層ビル群の夜景、左岸側の20世紀初頭の英・米・仏の租界のある歴史的建造物群のライトアップの対比に、隅田川、朝潮運河、日本橋川、亀島川に重ねて、将来の河川空間の理想を夢に描いた視察となった。
翌22日は沈副区長同行のもと、パトカーによる先導で豫園商城の会場を視察し、豫園を見学。開催中の北京故宮博物館の名品展を視察。午後は上海博物館に移動し、中国四千年の歴史遺物青銅器、書、墨絵、仏像、民具を見学。懇切丁寧な案内と、日本の卑弥呼の時代に中国では、宮殿まで出来ているとの歴史観を勉強させられた。そして、上海随一の繁華街、南京路の新世界百貨店を視察。中国人の購買力の高さを勉強し、王文涛黄浦区区長との会談に臨んだ。
王区長は3月まで雲南省の省都昆明市の市長より転勤された人で、日本流では北海道札幌市長が東京都中央区長に任命されたような感じだが、中国では栄転で出世道を進んでいる43歳の区長である。王区長が、仲秋の名月に中国全土で月餅を食べる話をし、日中間がより緊密な関係を結び、中央区とのより一層の友好を進めたいとの挨拶の後、矢田区長は共同通信時代に北京経由で平壌に行き取材した思い出や、上海再訪での発展ぶりを話され、友好を深める意義を強調する挨拶であった。立石都議は「上海ウィーク」という言葉がある通り、1週間上海を離れて帰ってくると町が様変わりしているとの例を述べ、数十年前、両親と来た上海での想い出を語り、万葉集の中の仲秋の名月の和歌を披露。万雷の拍手を得、感銘を与えた。西川代表は豫園での開会の御礼と、これからの友好親善を進めていくことの、民間活動をより一層進めるとの挨拶を行った。最後に二瓶文隆区議会議員は、この2日間の熱烈な歓迎に感謝の言葉を述べ、議会人として、双方の友好を今後共、進めてゆく事を力強く宣言、永森三越庶務部長の発声で日本式手締めを行い、両区が益々、丸く発展する事を誓いあった。
短い訪問であったが、来年の北京オリンピックに向けての、サッカー会場としての上海市、2010年の世界万国博覧会に向けての活気ある都市の発展に向けての中国の隆々たる前進に政治体制を越えて、隣国として13億の民との共存の大切さを確認し、有意義な訪問であった。 |