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伝統技術[工芸編I]日本橋浜町「経新堂 稲崎」「経新堂 稲崎」5代目店主 稲崎棟史さん
インタビュー映像がご覧いただけます。
 江戸初期に大川(墨田川)端の両国橋から永代橋間の海辺を埋め立てて造られた土地を日本橋浜町と呼びます。明治以降は料亭街としても知られ、今日、隅田川近くに明治座、浜町公園などがあります。風情ある街の佇まいに、かつての面影が偲ばれます。今回ご紹介するのは、日本橋浜町で掛け軸、屏風などの表装を手がける「経新堂 稲崎」(きょうしんどう いなざき)です。5代目店主の稲崎棟史(いなざき むねちか)さんにお話を伺いました。

掛け軸

「大経師」(だいきょうじ)、表具師とは
 
 「経新堂 稲崎」は、江戸時代、天保年間(1830〜1843年)に創業。当時は、江戸城に近い元大工町、現在の日本橋通り2丁目にありました。表具師の筆頭格「大経師(だいきょうじ)」であり、屋号を「表具師 稲崎」と言い、店主は代々「新八(しんぱち)」名を襲名していました。東京大空襲で店舗が焼失したために日本橋浜町へ移り、店名を「経新堂 稲崎」としました。現在は長男・知伸、次男・昌仁と共に盛業中です。表具師とは、掛け軸、屏風、額、襖などの表装をする職人のことで、また、表具の中でも掛け軸は、絵や書の魅力を活かしながら裂地(きれぢ)を組み合わせて制作する、総合的な感性が必要とされる工芸品です。

 
5代目を継ぐまで
 私は昭和12(1937)年に日本橋で生まれました。小学校6年生くらいから店の手伝いを始め、学校を出た18歳から本格的にこの道へ進みました。父も表具師でしたので自然と後を継ぐつもりでいましたが、技に関しては「実際の仕事を見て覚えろ」と言う典型的な職人で、覚えるのに何年もかかりました。
 この家で代々受け継がれて来た感性やセンスなどは、共に生活することで自然と身について行きました。また、職人の感性には、生まれ育ち暮らす場所も重要で、私が手がける表具には日本橋で生まれ育った感覚が少なからず影響していると思います。さらに、親から受け継いだものに自分の工夫を加え、常に新しいものに挑戦していくことも大切です。
稲崎棟史さん
    職人技
表具ができるまで
 掛け軸の制作には数多くの行程があり、1ヶ月、場合によっては1年以上の期間を要するものもあります。代表的な行程をいくつかご紹介いたしましょう。手がけるのは次男の昌仁です。
 まずは絵や書などの作品そのものをよく吟味し、これから制作する掛軸の形式を決めた後、一文字(いちもんじ)・中回り(ちゅうまわり)・天地(てんち)の3種類の裂地の組み合わせを考えます。その後、裂地を裁断し、刷毛で塗らして「水引き」をします。これは、裂地が湿度によって伸び縮みするのを防ぐためです。裂地の形に合わせて和紙を裁断し、糊をつけて裂地に貼り、裂地と和紙が馴染むように刷毛でなぜ付けます。いわゆる「裂地の肌裏打ち」です。裂地と和紙では収縮率などが異なるので、お互いの特性を活かすことが大切です。次に、本紙の形を整えて裂地と継ぎ合わせる「切り継ぎ」を行います。左右の端の部分である「耳」を折るなど数行程の後、仕上げでは、掛け軸を巻く際の芯となる「軸」や最上部の半月型の木である「八双」(はっそう)を取り付け、風帯(ふうたい)を垂れ下げます。八双に金具を打ち、鈕をつければ出来上がりです。表具でもっとも大切なのは、なかの絵や書を最大限に引き立てること。絵と掛け軸は「主と従」の関係ですから、あくまでも主が輝くよう気をつけています。

手順1手順2手順3
1.「水引き」より   2.肌裏打ち   3.「紐付け」など
   


仕事の「慶び」と、将来について
 
 お客様から「この間つくってもらった掛け軸は、よく掛かっているよ」とおっしゃられることほど嬉しいことはありません。そのためには、いつでも誠実に仕事をすることが大切です。真摯な姿勢で仕事をして行く中で「品格」がにじみ出てくるような表具を作りたいと思っています。
  当店の心構えとして「余慶」という言葉があります。これは、あるお客様からいただいた書で『作品がお客様に慶ばれ、その「慶び」の「余り」を分けていただけるように』との意味です。お客様の慶びのために、これからも精進していきます。
 今後は、人々の住環境に合わせて、畳のないマンションの部屋でも似合うような掛け軸や屏風、いわゆる「床の間に掛け軸」から飛び出した世界を考えています。現代の住空間にも似合う形やデザイン、色などにチャレンジしたいですね。

 
浜町公園

「江戸の粋」を体現する日本橋浜町
 
 ここ日本橋浜町界隈は、江戸時代には武家屋敷、明治以降には料亭などが、建ち並ぶ粋な街でした。子供の頃は、長唄や三味線のお稽古に通う半玉(はんぎょく)のポックリの音がよく聞こえたものです。暮らしている人が今もなお持ちあわせている「江戸の粋」という感覚は、この界隈で生活していると自分の体のなかに自然に備わって来ます。街は随分と近代的になりましたが、それでも江戸城下本来の下町の人情や風情は、いまだに人々のなかに残っていますので、今後も、日本橋・浜町の歴史や文化が守り続けられていくことを願っています。
 私自身は、地域振興のためにこれからもお手伝いをし、息子たちとともに日本橋浜町に暮らしながら「経新堂」の表具を手がけていきます。

 

 
DATA  
店舗
経新堂 稲崎
色紙掛け軸\3,000〜、正絹江戸好み色紙掛け軸\43,000、棟方志功十二支版画セット\12,000、東海道五十三次扇面額セット\15,000といった、マンションの部屋にも似合う手軽なものから、本格的な掛け軸、着物地や帯地をリメイクした屏風、額など、さまざまな種類が揃っており、相談に応じてさまざまな対応がしてもらえる。また、百貨店などでの展示会も随時行っている。(表示価格は消費税別)
商品住所:中央区日本橋浜町2-48-7
電話:03-3666-6494(代表)
FAX:03-3666-6989
URL:http://www.kyoushindo.com
E-mail:info@kyoushindo.com
営業時間:平日9:00〜18:00
 


2005年1月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  
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