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伝統技術[工芸編E]
銀座「安藤帳簿」
「大野屋總本店」六代目店主・福島康雄氏 「安藤帳簿」2代目店主安藤正一さん
 銀座は帳簿発祥の地であり、多くの帳簿屋が店を構えていました。その帳簿作りには、マーブルの技術が使われていました。大理石のような模様を紙に写し取るこの技法は、約140年ほど前に欧州から日本に伝わり、独自の工芸として定着しました。今月の「伝統技術 ー工芸編ー」は、銀座一丁目で日本マーブルの技術を持つ「安藤帳簿」の2代目店主・安藤正一(あんどう まさかず)さんにお話を伺いました。

帳簿に転写された模様
マーブルペーパーとは
 マーブルペーパーとは、文字通り大理石のような美しい模様を写し取った、装丁用に使われる紙のことで、16世紀以降、欧州各国に定着し愛されてきました。明治6(1873)年、英国人のパターソン氏により伝えられ、以来、その技術は伝承されてきました。
 マーブルペーパーは、経理を記録する帳簿の天地(上下)と小口(側面)に転写されると共に、見返紙に使われています。汚れを防止し頑丈にするとともに、模様を精密に写すことができるため、書類の改ざんを防ぐ機能がありました。「安藤帳簿」がこの技術を守り伝えてきたのは、本来、帳簿製造のためでした。
 
2代目を継ぐまで
 「安藤帳簿」は大正13(1924)年、初代・父が、当時の木挽町(現銀座2丁目)に創業したのが始まりです。父は、銀座にある印刷会社に勤務の後、独立したようです。かつては銀座・京橋界隈に帳簿店だけでも97店あったと言われるほどこの商売が盛んで、当店にも十数人の職人がいました。
 小さい頃からよく店の手伝いをしてましたが、父が持っていた技術は直接教えてもらったわけではありません。ある日突然、父から「やってみろ」と言われましたが、子供の頃から紙や顔料などに囲まれて育ち、説明出来ない何かを肌で感じ取ることができていたためでしょうか、特別に何を言われることもなく、技術を学んできました。その後、昭和33(1958)年に2代目を継ぎ、現在に至ります。
 
職人の「技」
 まず、溶液作りは、コンニャクの粉を水で溶き、釜で煮てから冷まします。次に、この溶液の上に水性の顔料を筆で浮かせて行きます。顔料は、アルコールと水で溶いた後、少なくとも3ヶ月は、乳鉢に入れて乳棒で摺り込み、最適な状態にします。
 横に5本の線を描きます。さらに、棒で8の字を描きながら縦に模様を作ります。その上に、「櫛(くし)」といわれる道具でリズムを付けて、描いていきます。繊細な動きが求められ、何度行っても難しい作業です。描き出した模様の上に紙を当てて、これを写し取ります。水で溶液を洗い流した後、水分を拭き取り乾かせば、出来上がりです。
 溶液や顔料・紙の状態は気温や室温によって微妙に変わるので、制作の環境を整える事も含め、永年培った勘をフルに働かせなくてはいけません。また、色の組み合わせや模様の作り方などに、職人の個性が強く出ます。

手順1手順23
1.溶液の上に顔料で横線を引く。  

2.櫛(くし)で模様を描き出す。

 

3.和紙を当てて模様を写し取る。

仕事風景

芸術性を求めて
 そもそも帳簿に必要であったマーブルペーパーの技術ですが、パソコンの普及などに伴なって帳簿そのものの需要が減ってきました。当店も現在では僅かの得意先を抱えるのみとなり、後継者を育てるのも難しいのが現状です。
 一方、私自身は60歳を過ぎてから本場ヨーロッパの芸術的なマーブルペーパーを研究したいという要望が湧いてきました。この世界は技術を隠して門外不出とするのが常識ですが、幸いなことに、何度か渡欧して第一人者のフランス人、ミッシェル・デュバルさんの下で研鑽を積むことができました。また、古い洋書をはじめとした、本場の作品収集にも励みました。現在では、作品の制作と伝統工芸展に参加して実演することが主になっていますが、実演を見ている方々が「うわあ!」と感激してくれると、制作者冥利に尽きる気がします。
福島康雄さん

風景
街との関係と今後の展望

 かつては日本における帳簿発祥の地として栄え、多くの帳簿屋が存在した銀座ですが、現在では店舗もごく僅かになりました。欧米ブランド店が軒を連ねている現在、舶来モノが日本でいち早く手に入るという意味では、マーブルペーパー伝承の歴史と共通のものがあると言えるのかも知れません。
 この世界は非常に奥が深く、技術も芸術性も極めようとすれば限界がありません。帳簿から始まったマーブルペーパーですが、これからは、伝統工芸展へ参加する形で一般の方々と交流を図りたいと思います。そして自らの制作活動としては、本場ヨーロッパでも腕のいい職人が減っているこの分野で、生涯かけてこれからも自分なりの世界を極め、いい作品を作りたいですね。


 
DATA  
店舗
安藤帳簿
安藤さんのマーブルペーパーは通常の販売はしていません。時折開かれる伝統工芸展などで実演を見ることができます。帳簿は法人のお客様専門です。
住所:中央区銀座1-15-6 共同ビル(銀座1丁目)2階
 


2004年9月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  
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