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今月の顔-2005.3 バックナンバーはこちら
水天宮宮司 真木 千明
今回の「今月の顔」は水天宮の宮司、真木千明さんです。東京の水天宮にとって本宮にあたる、久留米水天宮の宮司家出身者からの初の宮司です。幼少から神職を心に決めていらした真木宮司は、自然体で神様にお仕えされ、時代に即した水天宮というものについて深くお考えです。代々、宮司としてのお立場、30年に渡る人形町との関わり、地域における水天宮のあり方等についてお話を伺いました。 インタビュー映像がご覧いただけます。 Windows Media Player ソフトのダウンロード Windows Media Player BB Windows Media Player 56K Real Player ソフトのダウンロード Real Player BB Real Player 56K 【座右の銘】我以外皆我師也(接する人から何かを得ようとする気持ちが大切。)
略歴
昭和29(1954)年 水天宮の本宮、久留米水天宮の27代宮司・真木保典(まき・やすすけ)氏の次男として生まれる。
昭和49年4月 國學院大学神道学科入学。    
昭和53年3月  國學院大学神道学科を卒業。
昭和53年4月  日枝神社出社。
昭和55年1月 日枝神社権禰宜(ごんねんぎ)。
昭和56年11月 水天宮権禰宜(ごんねんぎ)。
平成13年4月 水天宮禰宜(ねぎ)。
平成13年4月 中央区支部長を務める。
平成16年7月 本宮である久留米水天宮から迎える初めての宮司として水天宮5代目宮司に就任。現在に至る。 
インタビュー風景
代々宮司を司るお立場について、また、宮司になられるまでの経緯についてお教えください。
  久留米水天宮の創設は、平家が壇ノ浦の戦いで敗れ、安徳天皇らが入水されて後、女官の按察使局(あぜちの・つぼね)が久留米に落ち延びて、小祠を祠ったことに初まり、按察使局が創設者になります。真木家はその子孫にあたり、代々にわたりお仕えしています。久留米の水天宮は真木家の世襲で、父も叔父(父の兄)から受け継ぎ宮司をしていました。一生懸命お仕えする姿を見て育ちましたので、中学生の頃には「神主になりたい」と母に言っていたのを記憶しております。進学の際には、こちらの水天宮へお勤めすることを念頭に上京し、國學院大学神道学科へ入学しました。卒業後は赤坂の日枝神社に奉職し、その後、参ったという次第です。

時の様子、変わったことはございますか?
  昭和49(1974)年の上京後、毎月5日のご縁日や七五三等で、神主の見習いとしてお手伝いしていました。当時の建物はすでに現在の鉄筋コンクリート造りになっていましたが、人形町の街自体は今のような高いビルがほどんどなく、木造家屋の2階建が中心でした。商店街にはアーケードがあり、歩道沿いには小さな店が建ち並び、都会というよりは下町情緒が漂う親しみやすい街でした。私のような田舎から来た者でも「温かみのある街だなあ」と感じたのを記憶しています。
  特に変化したことと言えば、年々、水天宮へお参りに来られる方のご一緒される数が増える傾向にある様に思います。昔はご夫婦とお一人、せいぜい2〜3人くらいで見えたのが、最近は5〜6人で一緒にご参拝される方が多く、世相を反映しているかのように感じられます。
宮司になられて、特に力を注がれていらっしゃるのはどの様なことですか。
  平成16(2004)年7月に就任したばかりですので、まだまだこれからだと思っています。昔に比べると、5日のご縁日のご参拝が少なくなっている様に思います。
  ご縁日のご参拝が減った一因は、神仏にかかわらず「ご縁日に神様にお参りする」という純粋な信仰心をお持ちの方が減少したことにあると思います。ご縁日とは例えて言えば神様のお誕生日であり「神様、ありがとうございます。これからもお守りください。」とたくさんの方がお参りに見え、神様もとてもお喜びになる。お喜びになると神様のお力も、ますます増し、ご参拝の方へのご利益も増すのです。それは、神輿をたくさんの人でもめばもむほど、ご神徳が増すのと同様です。そのために5日の「ご縁日の日」はあるのです。
  近所の年輩の方に伺うと、かつては夜店も多く、子供たちが帰宅後、ご縁日で夜店巡りに夢中になり親に叱られたというエピソードもあったそうです。ご縁日は、近所の子供たちにとっても楽しい催事でした。これからは「毎月5日のご縁日にご参拝があり、街も賑わう」という、かつての雰囲気をもう一度取り戻したいと思っています。ここ人形町界隈のオフィスには多くの方々がお勤めで、毎日、水天宮の前を通勤されています。私は、こうした方々が水天宮の境内に上がってきていただきたいのです。そして「水天宮が安産、子授かりの神様である」ということを知っていただきたいと思います。将来、結婚され子宝に恵まれた時に思い出し、今度はご家族でご参拝いただければ嬉しく思います。そのために、閉門時間の延長、境内の環境整備、イベントの開催等も考えています。
インタビュー風景
インタビュー風景
地域の活性化のためには、どういった活動をされていますか?
  一般の方々にご参加いただいて水天宮と人々との接点を増やすことに努めております。例えば、お正月の元旦〜7日に水天宮がスタートの「日本橋七福神巡り」を実施しています。1日に7,000〜8,000人くらいの参加があり、たいへん好評を博しています。
  2月の節分祭には豆撒き、さらに今年は特別に、5月5日のこどもの日に人形町商店街の「稚児行道」が32年ぶりに復活するので、より多くの皆さまに参加していただきたいですね。
  人形町出身の歌手・大木トオル氏のコンサートを境内で開催したご縁で、大木さんによるセラピー・ドッグ(犬に触れて心を癒す療法)の活動に協力しています。水天宮の「子宝いぬ」との犬繋がりではありませんが、この活動には今後もご協力したいと思っています。さらに今年はここでスペシャルオリンピックス冬季世界大会(知的障害者のスポーツの祭典)の聖火の点灯式も行ないました。
  毎年春秋の交通安全運動の時には、「母の会」が折った鶴を安全祈願し、水天宮交差点でドライバーに配布しています 。

子供の生活環境が変化するなかで、安産・子授かりの神様を祀る水天宮が果たす役割とはなんでしょうか。
  子供を育てるのは大変だとお考えの方もいらっしゃるようですが、ここで子供を授かって喜んでいらっしゃる方の姿を見ていただければ「子宝に恵まれることは楽しいんだ」「幸せなんだ」と実感していただけるのではないでしょうか。水天宮が、こうした子宝を授かる喜びを啓蒙していければ幸いです。
  地下鉄半蔵門線が開通した時に、渋谷のハチ公が会いにくるというポスターで有名になった「子宝いぬ」がマスコットとして人気を集めています。子宝犬のまわりには干支が彫ってあり、自分の干支を撫でるとご利益があるということで、ご自分やお子さんの干支を撫でていらっしゃいます。お越しになった際には是非撫でてお帰り下さい。
人形町を30年近く職場とされ、街の居心地はいかがですか。
  なんといっても交通の利便性が良いことですが、良い意味で「お世話」を焼いてくださる方が多く、ありがたく思っています。ここ人形町界隈は、まさにかつての江戸城下町ならではの良さがあります。地元の方々は「ここが本来の下町なんだよ」とおっしゃいますが、人々が人情や暖かみに溢れていることを実感しています。
  私自身は、隅田川の川辺が心和める空間として気に入っていますし、浜町公園のプールが建て直される以前には、お勤めの後に屋外プールへ寄り、リフレッシュしておりました。都心にありながらも息苦しさがなく、人間味や自然が感じられるところが人形町の良いところだと思います。今後は水天宮の境内にももっと緑を増やしていきたいですね。
インタビュー風景
インタビュー風景
今までの人生で一番心に残る出会いを挙げていただけますか。
  一番初めに奉職した、赤坂の日枝神社の先代宮司、宮西惟喬(みやにし・これたか)先生には大きな影響を受けました。一言では表現できませんが「神主とはどうあるべきか」を言葉ではないところで教えていただきました。現在は私が後輩に対し「こんなことがあるよ」とアドバイスをする中で「そういえばこれも宮西先生がおっしゃっていたことだ」と気づくことがよくあります。

最後に、次世代を担う若い方々へのメッセージをお聞かせ下さい。
  感謝の念を忘れないでいただきたいと思います。仕事にしても何にしても、人間は自分独りでは生きて行けません。どなたかのお陰をいただいているんだ、という気持ちを大切にして下さい。私自身も指導して下さった先輩や周りの方々のお陰で、神職を続けてこれたと実感しています。宮司になれたのも神職を続けてこれたことの結果にすぎません。自分の努力だけではなく、まさに「神様のお陰」だという気持ちでしょうか。お若い方々には、それぞれの環境の中で、この様な感謝の気持ちを忘れないで欲しいと思います。

※記事の組織名や肩書は掲載当時のものです。  
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