季刊紙「日本橋美人新聞」の巻頭インタビューより、各界の著名人と山田晃子氏の対談を掲載しています。

山田 今回の巻頭インタビューはNPO法人東京中央ネットの「創立15周年」を記念して、創業175年を迎えられた株式会社竺仙の五代目・小川文男社長にお話を伺います。
 御社の沿革と事業について、お聞かせください。

小川 弊社は、1842(天保13)年に当代きっての歓楽街として賑わう浅草で、友禅染めの店を始めました。初代・仙之介は俳句の同人会「馬十連(ばじゅうれん)」に通い、戯作者や歌舞伎役者、画家などの文化人と親交を深めておりました。彼らに意匠を凝らした着物や衣裳を作ったところ脚光を浴び、「誂えどころ」の商いが生業となったのです。当時の浴衣は無地や絞りが主流でしたが、小紋染めの技術を活用し、初めて浴衣に柄を施しました。この斬新な藍染の浴衣は江戸っ子の好みと相俟って評判となり、江戸末期から明治期にかけては、各地で人気を博した「江戸土産(東京土産)」になったようです。
 そして、1948(昭和23)年に祖父の三代目・軍治が小舟町に店を移転させ日本橋とのご縁が生まれました。時代が変遷しても「自らが作って、自らが売る」という、商いの姿勢は現在まで受け継がれております。


山田 三代目は「竺仙の染めは粋ひとがら」と標榜されました。大変に美しく心に響く名言を残していらっしゃいますね。

小川 随分と洒落た言葉を伝えてくれたなぁと私も思っておりまして(笑)。『浴衣の柄は牡丹、朝顔、紫陽花…と数多くあるなかで、それらを一つで括るとすれば「粋」でなくてはならない。故に竺仙の染めは「粋ひとがら」である』という意でしょうか。

山田 御社の反物には、当主の目に適った商品にのみ「竺仙鑑製」の文字が口型に染め抜かれ、それを記したラベルも縫い付けられています。「自らを鑑とする」との厳しい戒めと伺っております。
 五代目をご就任されるにあたり、当主の心構えや審美眼をどのようにして養われたのですか。

小川 祖父や父が繋いだ歴史を傍らで見ていたので、歩んできた道を守り価値観を引き継げるのは自分しかいないのでは…という心情を抱いておりました。ですから、父である四代目の後を継承するのに迷いはなく、中央大学を卒業した後に大阪の百貨店で3年に亘り修業し、1973(昭和48)年に弊社に入りました。
 1993(平成5)年には代表取締役社長に就任し、現在に至っています。
 私が生まれ育った台東区谷中の近くには国立博物館・西洋美術館、寛永寺や東京藝術大学があり、文化や芸術に触れる機会が多い環境でした。母が藝大の音楽学部邦楽科の一期生だったお蔭で、音曲にも馴染んでいました。もちろん子供の頃から浴衣の反物や型紙に囲まれて生活しておりましたので…(笑)。「美」に関わる造詣が深い環境で成長できたことは、後継ぎとして持つべきものが自然と身に付いた感がございます。

山田 1970年代に世界に進出した日本人のファッションデザイナーたちは、アイデアソースを求めて御社を訪れました。ピエール・カルダン氏が来日した折にも訪問し多くの柄を持ち帰り、翌年に発表されたネクタイ柄は江戸小紋尽しだったようですね。また、昨今では異業種とのコラボレーションを展開されていらっしゃいます。

小川 私どもが培ってきた図柄の表現が国内外の一流ブランドの要望で、新しい分野の商品に生まれ変わり世に出る機会が増えてまいりました。それは取りも直さず江戸のデザインが美しく洗練されていながらも、オールマイティーで使い勝手が良い証でもあります。
 訪日外国人が急増し国際化が進むなかで、江戸のコンテンツが注目を浴びる場が、なお一層増えるでしょう。多くの方々が本物の文化や芸術に触れられるよう、貴団体が主催している「EDO ART EXPO」にも、更にご尽力いただきたいですね。

山田 本年の「EDO ART EXPO/東京都の児童・生徒による“江戸”書道展」は、2017(平成29)年9月22日?10月10日の開催が決まっております。「EDO ART EXPO」では中央区、千代田区、港区、墨田区の名店、企業、ホテルや文化・観光施設の60カ所以上がパビリオン(会場)となり「江戸の美意識」をテーマに伝統や文化、芸術に関わる展示を行い、10回目を迎えます。同時に催す「東京都の児童・生徒による“江戸”書道展」は「江戸から連想する言葉」と「世界の国々を漢字で書く」を題材に公募し、昨年は1500点以上の応募作品の中から52社のスポンサー企業による295点の企業賞を展覧いたしました。御社からも竺仙賞などのご協力をいただいています。

小川 浮世絵が海外に流出してジャポニスムの誕生に影響を与えたように、江戸の文化は分かりやすいし世界に通用すると考えています。私自身も江戸文化の魅力の発信に力を注いでいますので、ともに協力し合ってまいりましょう。

山田 有難うございます。ところで小川社長にとって、お気に入りの日本橋のスポットはどこでしょうか。

小川 夜のとばりが落ちる頃に東日本橋側の両国橋のたもとから、隅田川の広々とした景観を望むと何ともいえないノスタルジーを感じます。日本橋川などの運河も好きですが、首都高速道路によって、今ひとつ風情を味わえないのが残念です。名橋「日本橋」の上に佇んだ時には、時代を超えた想いが彷彿する感慨深い場所になって欲しいと思わずにはいられません。

山田 私たちは江戸(東京)の地域ブランド「日本橋美人」というネーミングでも、多岐にわたる事業を展開しております。「日本橋美人」とは、どのような女性だと思われますか。

小川 「時代」の先取りや後追いをすることなく、ご自身の中できちんとトレンドを消化し身に付いていらっしゃる女性でしょうか。知識や趣味、或いは立ち居振る舞いや言葉使いなど、さまざまな面においても「自分のものにできる」方が日本橋美人であり、日本橋に相応しいでしょう。

山田 そして、もちろん浴衣の似合う女性ですね。


小川 できればそう願いたいですね。(笑)



■撮影:小澤正朗  ■撮影協力:ロイヤルパークホテル
■ヘアアレンジ・着付:林さやか  ■ヘアアレンジ・着付:衣裳らくや

  ※記事の組織名や肩書は掲載当時のものです。
 
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